Mors est non esse.
死とは、存在しないということにすぎない。
セネカからルキリウスへ、よろしく。
病はしばらく私を放っておいてくれていた。
ところが突然、また襲ってきた。
どんな病なのか、と君は尋ねるだろう。
それももっともだ。
私はたいていの病気を経験してきたが、その中でもひとつだけ、まるで私につきまとっているような病がある。
ギリシア語の名前を使う必要はない。
息ができなくなる病*1 、と言えば十分だ。
発作そのものは長くは続かない。
海に突然吹きつける突風のように始まり、多くは一時間ほどで治まる。
もっとも、長いあいだ息を引き取る者などいないのだから、それも当然だ。
私はこれまで、身体が受けるさまざまな苦しみを味わってきた。
しかし、この苦しさほど耐え難いものはない。
ほかの病気は病気と呼べる。
だがこれは、死にかけることそのものだからだ。
医師たちが、この病を「死の練習」*2 と呼ぶのも無理はない。
いつか本当の死は、この発作が何度も試みてきたことを、ついに成し遂げるのだから。
では私は、発作を切り抜けたことで喜んでいるのか。
そんなことはない。
裁判が延期されただけで勝訴したと思い込む人が愚かなように*3 、病がひとまず退いただけで安心するのも愚かなことだ。
しかし、息が詰まり苦しんでいるその最中でも、私は明るく勇ましい思いに心を落ち着けていた。
私は自分にこう言い聞かせていた。
「死が何度も私を試すというのなら、試させればよい。
私はもうずっと前から、死を経験してきたのだから。」
「いつからだ」と君は言うだろう。
生まれる前からだ。
死とは、存在しないということにすぎない。
そして、その状態がどのようなものか、私たちはすでに知っている。
生まれる前の私たちは、その中にいた。
あのとき私たちは苦しんではいなかった。
それなら、死の後もまた同じではないか。
私は、火が消えた灯火のほうが、まだ灯される前より不幸だと考える人がいるなら、それほど愚かな人はいないと思う。
私たちもまた、灯され、そして消える。
苦しみがあるのは、そのわずかな間だけだ。
その前にも、その後にも、深い静けさがある。
だから私たちは思い違いをしている。
死は人生の終わりにだけ待っているのではない。
死は、生まれる前にも私たちを包み、これから先もまた包む。
始まりがないことと、終わること。
その結果は同じなのだから。
私はこうした、そしてこれに類する励ましの言葉で――もちろん声には出さず、言葉を発する余地などなかったから――絶えず自分に語りかけていた。
すると次第に、もはや喘ぎに変わっていたあの発作の間隔が長くなり、勢いも弱まっていった。
それでも発作は残った。
たとえ治まったとしても、息はまだ自然には流れていない。
そこにはある種のためらいと滞りを感じる。
息がどうなろうと構わない、心の底から喘ぐのでさえなければ。
私についてはこれだけ約束しよう。
私は最期を前にしても怯えはしない。
もう準備はできている。
一日全体のことなど、私は考えていない。
生きることが喜びでありながら、死ぬことを厭わない人こそ、称賛し見習うべきだ。
追い出されるようにして出て行くことに、いったいどんな徳があろうか。
それでも、ここにも徳はある。
私は確かに追い出されるのだが、まるで自分から出て行くかのように出て行くのだ。
だからこそ賢者は、決して追い出されることがない。
追い出されるとは、本人が望まぬ場所から強制的に立ち去らされることだからだ。
賢者は何ひとつ不本意には行わない。
必然を免れるのは、必然が強いようとすることを、みずから望むからである。
Eicior quidem, sed tamquam exeam.
私は確かに追い出されるのだが、まるで自分から出て行くかのように出て行くのだ。
Vale.
*1 スイスピリウム(suspirium):セネカが本書簡で言い表している持病の発作。ギリシア語名を挙げずラテン語でこう呼んでおり、現在では喘息の発作を指すと考えられている。セネカが晩年まで苦しんだ持病として知られる。
*2 死の練習(meditatio mortis):ストア派に古くからある「死の予行演習」の思想。日々死を思い、心構えをしておくことで死そのものへの恐れを和らげようとする実践的な哲学的態度を指し、セネカの他の書簡にもたびたび登場する。
*3 裁判の延期(vadimonium):ローマ法における法廷用語で、被告が定められた日に出頭することを誓約する制度。出頭日が延期されても訴訟に勝ったことにはならない、という比喩としてここで用いられている。
LIV. SENECA LUCILIO SUO SALUTEM
[1] Longum mihi commeatum dederat mala valetudo; repente me invasit. ‘Quo genere?’ inquis. Prorsus merito interrogas: adeo nullum mihi ignotum est. Uni tamen morbo quasi assignatus sum, quem quare Graeco nomine appellem nescio; satis enim apte dici suspirium potest. Brevis autem valde et procellae similis est impetus; intra horam fere desinit: quis enim diu exspirat?
[2] Omnia corporis aut incommoda aut pericula per me transierunt: nullum mihi videtur molestius. Quidni? aliud enim quidquid est aegrotare est, hoc animam egerere. Itaque medici hanc ‘meditationem mortis’ vocant; facit enim aliquando spiritus ille quod saepe conatus est. Hilarem me putas haec tibi scribere quia effugi?
[3] Tam ridicule facio, si hoc fine quasi bona valetudine delector, quam ille, quisquis vicisse se putat cum vadimonium distulit. Ego vero et in ipsa suffocatione non desii cogitationibus laetis ac fortibus acquiescere.
[4] ‘Quid hoc est?’ inquam ‘tam saepe mors experitur me? Faciat: [at] ego illam diu expertus sum.’ ‘Quando?’ inquis. Antequam nascerer. Mors est non esse. Id quale sit iam scio: hoc erit post me quod ante me fuit. Si quid in hac re tormenti est, necesse est et fuisse, antequam prodiremus in lucem; atqui nullam sensimus tunc vexationem.
[5] Rogo, non stultissimum dicas si quis existimet lucernae peius esse cum exstincta est quam antequam accenditur? Nos quoque et exstinguimur et accendimur: medio illo tempore aliquid patimur, utrimque vero alta securitas est. In hoc enim, mi Lucili, nisi fallor, erramus, quod mortem iudicamus sequi, cum illa et praecesserit et secutura sit. Quidquid ante nos fuit mors est; quid enim refert non incipias an desinas, cum utriusque rei hic sit effectus, non esse?
[6] His et eiusmodi exhortationibus – tacitis scilicet, nam verbis locus non erat – alloqui me non desii; deinde paulatim suspirium illud, quod esse iam anhelitus coeperat, intervalla maiora fecit et retardatum est. At remansit, nec adhuc, quamvis desierit, ex natura fluit spiritus; sentio haesitationem quandam eius et moram. Quomodo volet, dummodo non ex animo suspirem.
[7] Hoc tibi de me recipe: non trepidabo ad extrema, iam praeparatus sum, nihil cogito de die toto. Illum tu lauda et imitare quem non piget mori, cum iuvet vivere: quae est enim virtus, cum eiciaris, exire? Tamen est et hic virtus: eicior quidem, sed tamquam exeam. Et ideo numquam eicitur sapiens quia eici est inde expelli unde invitus recedas: nihil invitus facit sapiens; necessitatem effugit, quia vult quod coactura est. Vale.
出典は『倫理書簡集』第6巻・書簡54番(Seneca, Epistulae Morales ad Lucilium, Liber Ⅵ, Epistula LIV、The Latin Library所収)です。