ⅬⅪ|満ち足りて死を待つ

Desinamus quod voluimus velle.

かつて望んだものを、望みつづけるのはやめよう。


かつて望んだものを、望みつづけるのはやめよう。
少なくとも私は、少年のころに望んだものを、老人となった今も同じように望まないよう努めている。
私の日々は、この一事に向かっている。
夜もまた、この一事に向かっている。
これが私の仕事であり、私の思索である。
以前から続いている悪に、終止符を打つことだ。
私は、一日が私にとって一生に等しいものとなるよう努めている。
だが、ヘラクレスに誓って、私はその一日を、最後の日であるかのようにつかみ取っているのではない。
ただ、それが最後の日になることもありうるものとして見つめている。

 

そういう心で、私はこの手紙を君に書いている。
いままさに書いている私を、死が呼び出そうとしているかのように。
私は、去る準備ができている。
そして、これがいつまで続くのかに過度に心をかけないからこそ、私は生を味わうことができる。
老年になる前は、よく生きるよう努めてきた。
老年となった今は、よく死ぬよう努めている。
よく死ぬとは、進んで死ぬことである*1

 

何事も決して、嫌々行わないように努めなさい。
逆らう者にとって避けられない強制となるものも、進んで望む者にとっては強制ではない。
私が言いたいのは、こういうことだ。
命令を進んで受け入れる者は、隷属の最もつらい部分、すなわち、自分が望まないことを行う苦しみから逃れる。
命じられたことを行う者が不幸なのではない。
それを嫌々行う者が不幸なのだ。
だから、状況が何を求めようとも、それを自ら望めるように、魂を整えよう。
そして何より、自分の終わりを悲しみなしに考えられるようにしよう。

 

私たちは、生きる準備よりも先に、死ぬ準備をしなければならない。
人生には、すでに十分なものが備わっている。
だが私たちは、人生のための道具を貪欲に求めている。
何かが欠けているように思われる。
そして、いつまでも欠けているように思われつづけるだろう。
十分に生きたかどうかを決めるのは、年数でも日数でもなく、魂である。

 


Vixi, Lucili carissime, quantum satis erat; mortem plenus exspecto.

親愛なるルキリウスよ、私は十分なだけ生きた。満ち足りて、死を待っている*2

Vale.


*1 libenter mori:「進んで死ぬ」とは、死を自ら求めることではない。避けられない死を、自分の意志に反するものとして拒みつづけるのではなく、進んで受け入れることを意味する。

*2 plenus:「満ちている」「満腹している」を意味するラテン語。セネカが他の書簡でもしばしば用いる、人生を宴に見立て、十分に味わった客が満ち足りて席を立つという比喩と重なるイメージである。


LXI. SENECA LUCILIO SUO SALUTEM

[1] Desinamus quod voluimus velle. Ego certe id ago <ne> senex eadem velim quae puer volui. In hoc unum eunt dies, in hoc noctes, hoc opus meum est, haec cogitatio, imponere veteribus malis finem. Id ago ut mihi instar totius vitae dies sit; nec mehercules tamquam ultimum rapio, sed sic illum aspicio tamquam esse vel ultimus possit.

[2] Hoc animo tibi hanc epistulam scribo, tamquam me cum maxime scribentem mors evocatura sit; paratus exire sum, et ideo fruar vita quia quam diu futurum hoc sit non nimis pendeo. Ante senectutem curavi ut bene viverem, in senectute ut bene moriar; bene autem mori est libenter mori.

[3] Da operam ne quid umquam invitus facias: quidquid necesse futurum est repugnanti, id volenti necessitas non est. Ita dico: qui imperia libens excipit partem acerbissimam servitutis effugit, facere quod nolit; non qui iussus aliquid facit miser est, sed qui invitus facit. Itaque sic animum componamus ut quidquid res exiget, id velimus, et in primis ut finem nostri sine tristitia cogitemus.

[4] Ante ad mortem quam ad vitam praeparandi sumus. Satis instructa vita est, sed nos in instrumenta eius avidi sumus; deesse aliquid nobis videtur et semper videbitur: ut satis vixerimus, nec anni nec dies faciunt sed animus. Vixi, Lucili carissime, quantum satis erat; mortem plenus exspecto.

出典は『倫理書簡集』第Ⅵ巻・書簡ⅬⅪ番(Seneca, Epistulae Morales ad Lucilium, Liber Ⅵ, Epistula ⅬⅪ、The Latin Library所収)です。欠番はありません。底本[1]に見られる山括弧(<>)で補われた”ne”は、写本には存在せず、編者が文意を通すために補訂した語であることを示しています。