LV|隠れることと生きること

Multum autem interest utrum vita tua otiosa sit an ignava.

閑暇に生きることと、怠惰に沈むことのあいだには、大きな違いがある。


いま、輿に揺られて戻ってきたところだ。
座っていただけなのに、まるでその距離を歩いたかのように疲れている。
長いあいだ人に運ばれるというのも、ひとつの労働なのだ。
いや、自然に反しているぶん、かえって大きな労働かもしれない。
自然は、私たちが自分の足で歩くために足を与え、自分の目で見るために目を与えたのだから。

 

贅沢は、私たちに弱さを命じた。
長いあいだ「できるようになりたい」と思わなかったことを、私たちはついに、できなくなってしまった。

 

とはいえ、私には身体を揺さぶる必要があった。
喉に胆汁がたまっているなら、それを散らすためであり、あるいは何らかの理由で息そのものが重く濃くなっているなら、揺れによってそれを薄めるためである。
実際、揺られることは私に効いたように感じられた。


そこで私は、もう少し長く運ばれることにした。
海岸そのものが、私を誘っていたのだ。
その海岸は、クーマエとセルウィリウス・ヴァティア*1 の別荘とのあいだで弧を描き、片側を海に、もう片側を湖に挟まれて、まるで細い道のように閉じ込められている。

 

その道は、少し前の嵐のために固く締まっていた。
知ってのとおり、波が激しく、絶えず打ち寄せると、砂浜は平らになる。
反対に、穏やかな日が長く続くと、砂を結びつけていた湿り気が抜け、浜はゆるんでしまう。

 

私はいつもの癖で、そこに何か自分の役に立つものはないかと見回し始めた。
そして、かつてヴァティアのものだった別荘に目を向けた。

 

あそこで、あの裕福な元法務官ヴァティアは老いていった。
彼は、閑暇以外のことで名を知られることはなかった。
そして、ただその一点によって、幸運な人間だと見なされていた。

 

というのも、アシニウス・ガッルス*2 との友情によって人々が破滅し、セイヤヌス*3 への憎しみによって、またその後には彼への親しみによって人々が沈んでいくたびに、世間はこう叫んだものだったからだ。


「おお、ヴァティアよ。生き方を知っているのは、お前だけだ」

 

なにしろ、セイヤヌスを怒らせるのも、彼を愛するのも、同じくらい危険だったのである。

 

だが、ヴァティアが知っていたのは、隠れることだった。
生きることではない。

 

閑暇に生きることと、怠惰に沈むことのあいだには、大きな違いがある。
だから私は、ヴァティアが生きていたころ、この別荘の前を通るたびに、いつもこう言わずにはいられなかった。

 

「ここにヴァティア眠る」

 

とはいえ、ルキリウスよ、哲学というものは、それほどまでに神聖で、尊ぶべきものなのだ。
たとえ偽物であっても、哲学に少しでも似ていれば、人はそれに好感を抱いてしまう。


世間は、人里を離れ、心配ごとから自由で、自分自身に満ち足り、自分のために生きている人間を、閑暇の人だと思っている。

 

しかし、そのようなものは、賢者にしか与えられない。

 

自分のために生きることを知っているのは、賢者だけである。
なぜなら賢者だけが、まず第一に、生きることを知っているからだ。

 

仕事と人間から逃げた者、自分の欲望がもたらした不幸によって孤独へ追いやられた者、他人が自分より幸福であるのを見ることに耐えられなかった者、恐れのために、臆病で鈍い獣のように身を隠した者。

 

そのような者は、自分のために生きているのではない。

 

最も恥ずべきことに、腹のために、眠りのために、欲望のために生きているのだ。

 

だれのためにも生きていない者が、ただちに自分のために生きているとは限らない。

 

それでもなお、一貫していること、そして自分の決めた道を守り続けることには、これほど大きな力がある。
頑固に続けられた怠惰でさえ、ある種の威厳を帯びて見えてしまうほどなのだ。


その別荘そのものについては、確かなことを君に書くことはできない。
私が知っているのは、表側だけである。
通りすがりの人にも見える、外に向いた部分だけだ。

 

そこには、人の手で造られた大きな洞窟が二つある。
どちらも、広い広間に匹敵するほどの大きさだ。
一方は日光をまったく入れず、もう一方は日が沈むまで光を保っている。

 

また、プラタナスの林のあいだを水路が流れている。
海とアケルシウス湖*4 の両方から水を引き、エウリポス海峡*5 のように林を分けている。
その水路は、絶えず水を汲み出されても、魚を養うのに十分な大きさがある。

 

ただし、海が穏やかなときには、その水路には手をつけない。
魚を蓄えた水に手を伸ばすのは、嵐が漁師たちに強制的な休暇を与えたときだけである。

 

この別荘で最も便利なのは、バイアエ*6 がすぐ隣にあることだ。
バイアエの不都合からは逃れながら、その快楽は味わえる。

 

この長所は私にも分かる。
あの別荘は、一年を通じて暮らしやすい場所なのだろうと思う。
というのも、西風を正面から受け、その風を自分のところで受け止めてしまうため、バイアエにはそれを渡さないからだ。

 

だから、ヴァティアがこの場所を選び、すでに怠惰で老いた自分の閑暇をここへ移したのは、愚かな選択ではなかったように見える。


しかし、心の静けさに対して、場所が与えるものは多くない。

 

すべてを自分にとって好ましいものにするのは、心である。

 

私は、明るく心地よい別荘にいながら沈んでいる人を見たことがある。
反対に、人里離れた孤独のただ中にいながら、まるで多忙な人間のように心を乱している人を見たこともある。

 

だから、君がいまカンパニアにいないからといって、自分がうまく整っていないなどと思う必要はない。

 

そもそも、なぜ君はここにいないと言えるのか。

 

君の思いを、ここまで送ればよいではないか。


離れている友とも、語り合うことはできる。
しかも、望むだけ何度でも、望むだけ長く語り合うことができる。

 

不在のときほど、私たちはこの最大の楽しみをよく味わう。
目の前にいることは、かえって私たちを、慣れによって相手をないがしろにする人間にしてしまうからだ。

 

いつでも一緒に話し、歩き、座ることができると思っていると、別れたあと、ついさっき会ったばかりの人のことなど、何も考えなくなってしまう。

 

だから私たちは、友の不在を平静な心で受け止めなければならない。
なぜなら、人は友がそばにいるときでさえ、しばしばその友から大きく離れているからだ。

 

まず、夜には互いに離れている。
次に、それぞれ別の用事がある。
さらに、それぞれの内にこもった学びがあり、郊外への外出もある。

 

こうして数えてみれば、旅が私たちから奪うものは、それほど多くないと分かるだろう。


友は、心の中に持つべきものだ。

 

そうすれば、その友は決して不在にならない。

 

人は、見たいと思う者を、毎日でも見ることができる。

 

だから、君は私と一緒に学び、私と一緒に食事をし、私と一緒に歩いてほしい。

 

もし思考に対して何かが閉ざされているのだとしたら、私たちはあまりにも狭い場所に生きていることになる。

 

私は君を見ている、ルキリウスよ。
いまこの瞬間にも、君の声を聞いている。
私はそれほど君と共にいるので、君に書くものを、もはや手紙ではなく、短い覚え書きにし始めてもよいのではないかと迷うほどだ。

 

Amicus animo possidendus est; hic autem numquam abest.

友は、心の中に持つべきものだ。そうすれば、その友は決して不在にならない。

Vale.


*1 セルウィリウス・ヴァティア:クーマエ近郊に別荘を構えた裕福な元法務官(プラエトル経験者)。政治的な活動から退き、閑暇(オティウム)に生きたことのみで知られ、そのために「幸運な人間」と評された人物。共和政期の名門政治家プブリウス・セルウィリウス・ヴァティア・イサウリクスとは別人である。

*2 アシニウス・ガッルス:詩人・政治家アシニウス・ポッリオの子で、元老院議員。ティベリウス帝への率直すぎる物言いが災いし、投獄されて紀元33年に獄死したと伝えられる。彼との親交は、時の権力者に睨まれる危険を伴った。

*3 セイヤヌス:ティベリウス帝の近衛長官として絶大な権力を握った人物。紀元31年に失脚し処刑された。彼を憎むことも、親しくすることも、ともに身の破滅につながりかねない危険な相手だった。

*4 アケルシウス湖:クーマエ近郊、海に近い潟湖。海とつながっており、水路を通じて別荘内の養魚池に水を供給していた。

*5 エウリポス海峡:ギリシアのエウボイア島とボイオティア地方(カルキス)を隔てる海峡。潮流の速さで知られ、ここでは水路を流れる水の速さを喩えるために引かれている。

*6 バイアエ:ナポリ湾岸に位置した古代ローマ屈指の保養地。温泉と享楽的な社交で知られ、しばしば贅沢や退廃の代名詞として言及された。


LV. SENECA LUCILIO SUO SALUTEM

[1] A gestatione cum maxime venio, non minus fatigatus quam si tantum ambulassem quantum sedi; labor est enim et diu ferri, ac nescio an eo maior quia contra naturam est, quae pedes dedit ut per nos ambularemus, oculos ut per nos videremus. Debilitatem nobis indixere deliciae, et quod diu noluimus posse desimus.

[2] Mihi tamen necessarium erat concutere corpus, ut, sive bilis insederat faucibus, discuteretur, sive ipse ex aliqua causa spiritus densior erat, extenuaret illum iactatio, quam profuisse mihi sensi. Ideo diutius vehi perseveravi invitante ipso litore, quod inter Cumas et Servili Vatiae villam curvatur et hinc mari, illinc lacu velut angustum iter cluditur. Erat autem a recenti tempestate spissum; fluctus enim illud, ut scis, frequens et concitatus exaequat, longior tranquillitas solvit, cum harenis, quae umore alligantur, sucus abscessit.

[3] Ex consuetudine tamen mea circumspicere coepi an aliquid illic invenirem quod mihi posset bono esse, et derexi oculos in villam quae aliquando Vatiae fuit. In hac ille praetorius dives, nulla alia re quam otio notus, consenuit, et ob hoc unum felix habebatur. Nam quotiens aliquos amicitiae Asinii Galli, quotiens Seiani odium, deinde amor merserat – aeque enim offendisse illum quam amasse periculosum fuit -, exclamabant homines, ‘o Vatia, solus scis vivere’.

[4] At ille latere sciebat, non vivere; multum autem interest utrum vita tua otiosa sit an ignava. Numquam aliter hanc villam Vatia vivo praeteribam quam ut dicerem, ‘Vatia hic situs est’. Sed adeo, mi Lucili, philosophia sacrum quiddam est et venerabile ut etiam si quid illi simile est mendacio placeat. Otiosum enim hominem seductum existimat vulgus et securum et se contentum, sibi viventem, quorum nihil ulli contingere nisi sapienti potest. Ille solus scit sibi vivere; ille enim, quod est primum, scit vivere.

[5] Nam qui res et homines fugit, quem cupiditatum suarum infelicitas relegavit, qui alios feliciores videre non potuit, qui velut timidum atque iners animal metu oblituit, ille sibi non vivit, sed, quod est turpissimum, ventri, somno, libidini; non continuo sibi vivit qui nemini. Adeo tamen magna res est constantia et in proposito suo perseverantia ut habeat auctoritatem inertia quoque pertinax.

[6] De ipsa villa nihil tibi possum certi scribere; frontem enim eius tantum novi et exposita, quae ostendit etiam transeuntibus. Speluncae sunt duae magni operis, cuivis laxo atrio pares, manu factae, quarum altera solem non recipit, altera usque in occidentem tenet. Platanona medius rivus et a mari et ab Acherusio lacu receptus euripi modo dividit, alendis piscibus, etiam si assidue exhauriatur, sufficiens. Sed illi, cum mare patet, parcitur: cum tempestas piscatoribus dedit ferias, manus ad parata porrigitur.

[7] Hoc tamen est commodissimum in villa, quod Baias trans parietem habet: incommodis illarum caret, voluptatibus fruitur. Has laudes eius ipse novi: esse illam totius anni credo; occurrit enim Favonio et illum adeo excipit ut Bais neget. Non stulte videtur elegisse hunc locum Vatia in quem otium suum pigrum iam et senile conferret.

[8] Sed non multum ad tranquillitatem locus confert: animus est qui sibi commendet omnia. Vidi ego in villa hilari et amoena maestos, vidi in media solitudine occupatis similes. Quare non est quod existimes ideo parum bene compositum esse te quod in Campania non es. Quare autem non es? huc usque cogitationes tuas mitte.

[9] Conversari cum amicis absentibus licet, et quidem quotiens velis, quamdiu velis. Magis hac voluptate, quae maxima est, fruimur dum absumus; praesentia enim nos delicatos facit, et quia aliquando una loquimur, ambulamus, consedimus, cum diducti sumus nihil de iis quos modo vidimus cogitamus.

[10] Et ideo aequo animo ferre debemus absentiam, quia nemo non multum etiam praesentibus abest. Pone hic primum noctes separatas, deinde occupationes utrique diversas, deinde studia secreta, suburbanas profectiones: videbis non multum esse quod nobis peregrinatio eripiat.

[11] Amicus animo possidendus est; hic autem numquam abest; quemcumque vult cotidie videt. Itaque mecum stude, mecum cena, mecum ambula: in angusto vivebamus, si quicquam esset cogitationibus clusum. Video te, mi Lucili; cum maxime audio; adeo tecum sum ut dubitem an incipiam non epistulas sed codicellos tibi scribere. Vale.

出典は『倫理書簡集』第Ⅵ巻・書簡55番(Seneca, Epistulae Morales ad Lucilium, Liber Ⅵ, Epistula LV、The Latin Library所収)です。