I AM の静けさへ

富士山の見える湖畔
影と光がゆっくりと溶け合うとき、
私の内側にもひとつの静けさが生まれる。
それは、過去でも未来でもなく、
ただ “いま、ここ” に在るという感覚。

ふと立ち止まると、
世界は外側で起きているのではなく、
内なる静けさからそっと生まれていることに気づいた。

その静けさの中で、
私はようやく自分の内側に広がる“秘密の部屋”に触れ始めた。
日々の生活で受け取った小さな気づきや、
神社や自然がそっと教えてくれた言葉たちが、
その部屋の扉を静かに開いていく。

そんなとき出会ったのが、
ネヴィル・ゴダードの三つの格言だった。
それらの言葉は、
私が感じていた“内側の静けさ”を
より深い場所へ導く灯火のように思えた。
その静けさの奥で、
私はひとつの確かな感覚に触れ始めた。
それは、外側の状況に揺さぶられる前の、
もっと深い場所にある“わたしそのもの”の気配。

その気配に耳を澄ませていると、
ネヴィル・ゴダードの三つの言葉が
まるで内側から浮かび上がるように思えた。

「見ずして信じる者は幸いである」
まだ形にならない願いの気配を、
先に感じて祝福するということ。

「神の国はあなたがたの内にある」
探し求めていたものは、
外側ではなく、最初から内側にあったということ。

そして「I AM(私は在る)」
すべての源は、
ただ“在る”という静けさに戻ることだということ。
私は、
外側の出来事に揺れる前の
静かな中心へと還っていく。

その中心には、
ただ “在る” という
言葉にならない光が息づいている。

そしてその光こそが、
私を「I AM の静けさ」へと導いていた。
その静けさの中で、私はそっと目を閉じる。